診察・研究活動Activities

悪性脳腫瘍の手術以外の治療法(化学療法、交流電場脳腫瘍治療)、
およびその他の補足事項

脳の悪性腫瘍の代表的なものに、転移性脳腫瘍、悪性リンパ腫、神経膠腫(グリオーマ)というものがあります。手術だけでは、すぐに再発してしまいます。原則として、手術以外の治療法と組み合わせて治療します。

転移性脳腫瘍

体のほかの部位にがん(原発巣)があり、脳に転移する腫瘍です。転移性脳腫瘍は、小さいうちは放射線治療が効くことが多く、内科と放射線科の先生で治療してもらうこともあります。腫瘍が2.5~3cm以上になると、放射線の副作用が大きくなるため、手術治療で摘出したほうが良いことも多くなります。その場合は、当科で手術を行い、手術後に放射線治療をお願いして、その後の経過を観察します。

一昔前まで、転移性脳腫瘍に対する化学療法は全く効果がないとされ、ほとんど行われていませんでした。しかし、最近、たとえば一部の肺がんに対するチロシンキナーゼ阻害薬というお薬が、転移性脳腫瘍に効果的である場合がある、と報告されています。今後は、病理診断の結果次第では、原発巣を担当する先生と共同で、化学療法を行うことがあります。

悪性リンパ腫

悪性リンパ腫という血液の悪性腫瘍が、脳に原発することがあります。化学療法が少なくとも1回はよく効くことが多いです。したがって、脳神経外科の主な役割は、後遺症を出さないように腫瘍を少しだけ摘出(生検術)して、病理診断のために検体を提出することです。それから先は、当院血液内科(原研内科)と協力し、診断が悪性リンパ腫と確定したら、血液内科に転科して、化学療法や放射線治療を行っていただきます。

化学療法は、メトトレキサートというお薬の大量投与が第一選択です。体力がある患者さんには、それに加えてリツキサン、プロカルバジン、ビンクリスチンというお薬を追加するR-MPVという治療を行うこともあります。さらに、シタラビンというお薬で、治癒した後に再発を防止する治療まで行われることもあります。化学療法が十分に行われた患者さんでは、副作用を防止する観点から、放射線治療が控えられることもあります。

しかし一方で、体力の弱い患者さんやご高齢の患者さんは、化学療法に耐えられないことも多いです。その場合は、ステロイドというお薬や、放射線治療という、古典的な手法での治療を行うことも、立派な選択肢になります。いずれにせよ、患者さんの病状に応じた、適切な治療を行ってまいります。

神経膠腫(グリオーマ)

神経膠細胞(グリア細胞)という、神経を保護する細胞が、悪性化した腫瘍である、と言われています。脳神経外科以外の専門家がほぼ居ないのが現状で、脳神経外科で手術以外の治療も担当します。手術で、後遺症を出さない範囲で最大限の摘出を目指します。しかし、正常組織にしみこむように(びまん性に)広がる腫瘍です。手術後の写真(画像診断)で、全部摘出できたように見えても、極めて高い確率で残存腫瘍が存在します。したがって、手術後にできる限り放射線治療と化学療法を行います。また、後遺症が残る確率が高い場合は、やむを得ず腫瘍の一部、あるいはほとんどを残し、病理診断を主目的とした手術(生検術)を行うこともあります。小児患者さんの治療は、小児科と相談しながら治療いたします。この項目では、成人患者さんの一般的な治療法を中心に説明します。

神経膠腫の初回治療

手術が終わり、傷がなおった段階で、次の治療に移ります。まず病理診断でWHO Grade 4という、悪性度が最も高いグリオーマだった場合を説明します。

放射線科にお願いし、放射線治療を追加します。多くの場合は、拡大局所照射という方法で治療します。治療の強度は、病理組織診断の悪性度で変わってきますので、治療前に具体的に説明いたます。高齢の患者さんは、放射線治療に耐えられないことも多く、なるべく早期に家庭復帰を目指した方がいいと考えられており、短期間で終わる放射線治療を選択することがあります。

放射線治療と同時に、テモゾロミドという内服の化学療法薬(いわゆる抗がん剤/抗腫瘍薬)を服用します。感染防止のために、ST合剤という内服薬を併用したり、吐き気止め(選択的セロトニン阻害薬、その他)を併用したりします。血液検査を定期的に行い、副作用が出ないかどうかを注意しながら治療します。

一部のたちのいい型の神経膠腫(乏突起神経膠腫)には、プロカルバジン、ビンクリスチン、ACNUというお薬が適切なこともあり、そちらで治療することもあります(PAV療法)。乏突起神経膠腫では、放射線治療を保留するのも選択肢の一つになります。

上記を入院治療で行い、効果が出て退院できた患者さんは、ひきつづき外来治療に移ります。外来ではテモゾロミドの内服を、およそ半年~1年(6回から12回程度)おこない、その後は画像診断をしながら経過を見ていきます。ここまでの治療が神経膠芽腫の標準治療です。(標準治療とは、専門家が考える現時点で最良、最適な治療、という意味です。)

お元気な患者さんへの追加治療:脳腫瘍交流電場治療

上記の治療が終わって、後遺症が軽く、体力の充実した、歩いて外来通院ができる患者さんには、脳腫瘍交流電場治療という追加治療をお勧めしています。Novo TTF(商品名オプチューン)という、頭皮に貼る電極と、電磁場を発生する機械を携帯して、1日のうち18時間以上継続できれば、悪性神経膠腫に治療効果があるとされています。欠点として、頭髪を刈る必要があることや、皮膚が弱い患者さんに使いにくいです。治療希望をかならず伺っています。興味があったらご検討ください。残念ながら、初発の患者さん以外、保険診療でつかうことができません。また、テント下(小脳、あるいは脳幹)のグリオーマには電磁波が届かないとされており、そのような部位にグリオーマが存在する患者さんはこの治療の対象になりません。医療費が極めて高額になりますので、限度額申請などの手続きも不可欠です。詳細はお問い合わせください。
(参考資料:ノボキュア

再発神経膠腫の、従来型の治療

残念ながら、いままで読んでいただいた治療法を適切に行っても、ほとんどの神経膠腫の患者さんは腫瘍が再発します。その場合の治療法は、困難になる場合が多いです。

手術ができる場合は、手術に加えてギリアデルという抗がん剤を手術で摘出した部位に張り付けて行う治療を行うことがあります(初回手術でも可能ですが、当病院では原則再発の患者さんに行っています)。

手術後、あるいは手術ができない患者さんには、可能であれば放射線科と紹介して、放射線照射を追加します。

テモゾロミド再開も、一つの選択肢です。

一度、神経症状が進行しても、アバスチンというお薬の点滴投与を追加することで、症状が良くなる患者さんがいらっしゃいますので、積極的に投与を検討します。まれながら、重篤な副作用の可能性がありますので、ご説明し、同意を頂いた方に治療します。特に大きな副作用がなければ、外来投与で点滴治療を続けることも、比較的容易に可能です。

再発神経膠腫の、2021年時点での最新治療:腫瘍溶解ウイルス治療

2021年11月1日付で、G47Δという、腫瘍溶解ウイルスを脳に打ち込んで行う治療薬(商品名デリタクト)が発売されました。現時点では、供給体制がととのっておらず限られた施設での治療になりますが、随時全国の基準を満たす治療施設で行われるようになります。当病院も施設基準を満たしており、関連講習会を受講して治療ができる状況を準備する予定です。治療ができるようになったら、再発治療の際に必ず説明いたします。

手術と組み合わせて行う治療になります。定位脳手術という手法で、最小限の創と、頭蓋骨に穴を1個開けて、針で治療用のウイルス製剤を脳に打ち込む治療になります。5か月前後で6回の手術治療が必要であり、手術に伴うリスクもございます。リスクを冒してでも、治療を希望する患者さんには良い選択肢です。治療費も高額に上ることが予想されますので、限度額申請など、必要な手続きをとることをお勧めします。
(参考資料:第一三共株式会社パンフレット

がんゲノム診断について

生命科学の進歩に伴い、がん/悪性腫瘍の遺伝子診断も、きわめて大きな役割を果たす可能性がでてきました。いままで説明申し上げた、標準治療が終わって、再発をきたした患者さんでも、網羅的ながんゲノム診断をおこなったら、治療法が見つかる場合が、1割程度の確率であるとされています。ご希望される患者さんは、当院のがんゲノム検査診療外来に紹介いたしますので、お申し付けください。
長崎大学病院 ゲノム診療センター 参考資料:中外製薬ホームページ

細かい診断の話:悪性度の低いグリオーマの診断について

WHO Grade 2-3のグリオーマは、若い患者さんで発生することが多い腫瘍です。実は、一部に悪い経過をたどる患者さんがいて、遺伝子診断を行わないと正確な診断ができないとする報告が多くなっています。最新のWHO分類で、分子診断が推奨される方向で改訂され、今後は、初回診断時からがんゲノム診断を提案させていただく場合が多くなると思われます。

積極的治療以外のお話

治療法を真剣に考える一方で、残念ながら神経膠腫は、一部の幸運な患者さんを除き、根治することはない、と考えられています。病状が悪化した場合に備えて、緩和医療や終末期医療のご相談も、随時うけたまわっております。看護師やメディカルソーシャルワーカーの役割も非常に大きく、相談しやすい環境を提供できるよう心がけています。また、悪性腫瘍治療後の方の、就労支援なども、がん診療センターと連携しながら提供できます。心配事は、お気軽にご相談ください。

終わりに

今回、化学療法を中心とした記載を改訂するにあたり、脳腫瘍診療はわずかながら進歩していると信じます。治療困難な疾患ばかりですが、引き続き患者さんに寄り添った医療を、医師、看護師、医療関係者全員の総力を結集して治療を担当させていただきます。

文責:氏福 健太

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